くじゅう連山から阿蘇へ

ちょうど2年前の今頃の事だった。今年はコロナ自粛でそれどころではないけど、またミヤマキリシマの季節が巡って来たのでちょっと振り返ってみよう。元々Amebaブログに投稿した記事があったので、それをreviseしてパワーアップしてみた。

旅行時期: 2018.6.中
行程: 大分空港in、熊本空港out
宿泊: 法華院温泉小屋に2連泊、筋湯温泉、熊本の友人宅

(1)くじゅう連山

熊本の友人からミヤマキリシマの写真をもらってその鮮やかにビックリしたので、その季節に遠く大分まで出かけた。例年は6月が花の盛りで今年は早いと聞いていたのだが、トロトロしていたら6月になってしまった。

いつもはだいたい長野・山梨の山を歩いているせいか、九州の山はうっそうとしていて木陰に入るとやけに暗くなるな、と感じた。ちょっと大袈裟かも知れないが、昼間でもライトが欲しい箇所が度々出てきた。本州より暖かいため植物も成長するのかも。

法華院山荘に泊まったのだが、ドシャ降りの雨で停滞を余儀なくされたので、小屋の晩ご飯を2晩食べる。山小屋の食事としては◎。最初は平治岳に登るつもりだったが、登山者と話していると「確かに今年は花が終わったヤマもある」と言う。1日は雨で停滞し、その次の日に大船山(標高1786m)を目指す。大船山ならまだ花が咲いているヨ、と教えて頂いたためだ。

<法華院山荘の夕食(停滞して2晩)、大部屋(3)>

途中反対から登ってきた関西の人と分岐ですれ違い山頂へ。山頂付近はピンクのミヤマキリシマがそこかしこに咲いていた。1日足止めを喰らったけど粘って良かった。ガスは濃いし風は冷たかったけど、くじゅうは雄大な山域だった。

<大船山の山頂付近(3)>

小屋を後にして長者原(ちょうじゃばる)に戻ると、表からの景色が初めて見られた。そう、長者原から坊がつるへ向かう時には小雨が降っていて、その全貌を眺めることができなかった。いざ見上げてみると、本当に山頂部分がピンクに染まっている。

<長者原よりピンク色に染まるくじゅう連山を一望>

長者原の緑も穏やかで綺麗。葉の裏に小さな白い花が咲いている大木があった。大振りな木としてはかなり珍しい。ビジターセンターで聞いてみるとネジキだと教えてくれた。韓国にオルレ(語源:通りから家に通じる狭い路地)ってハイキングを意味する言葉があるらしい。長者原にはそんなコースも設けられていた。

<木洩れ日、白い花、長者原からくじゅう連山を望む>

長者原から送迎をお願いして近くの筋湯温泉に一泊した。共同浴場が2つある、温泉街の雰囲気が残る通りだった。うたせ湯が有名らしく、広い湯舟にもくもくと湯けむりが湧いていた。温泉宿でも外国人客が何組か来ていて、Singapore人のご夫婦とちょっと英語で会話してみる。場所柄なのか韓国人touristが目立った。

<筋湯温泉にて、花はユキノシタかも>

(2)穏やかな阿蘇山

旅の後半はバスで熊本市に移動して、友人宅に1泊。ブリの煮浸しをご馳走になる。熊本は震度7の地震から早2年ほど経っていたが、周囲にはまだ被害の爪痕が残っていた。食器棚が宙に浮いた、と聞いたが、どうにも想像できる域を超えている。震度7の怖さはやっぱり当事者でないと判らないだろう。

友人の車で阿蘇の草千里をドライブ。あのカルデラはでかいし、たおやかな草原地帯は気分がいい。国内でこれと似た風景はあまりなく、礼文島のそれに近いかも知れない。風力発電の風車も建っていた。硫黄臭の煙が立ち昇る火口そばも歩いた。およそ草千里とは不釣り合いな場所で、もくもくと噴煙が上がっている。コンクリート打ちっ放しのものものしい避難スペースに改めて驚く。

<草千里:セリかシシウドか、火口そばの避難スペース>

筋湯温泉と同様、ここでもそこそこ外国人touristが来ており、将にinboundの現場だった。関東だと日光や河口湖にinbound観光客が殺到しているが、九州も国際色豊かな雰囲気に溢れていた。

登山ザックを背負ったベネズエラ人から道を訊かれた。笑顔のご夫婦だった。おっ、Venezuelaってそんなに豊かな国になったのかと嬉しく思いつつも、「もう生活は大丈夫なの?」って聞いてみたかった。けど、英語に弱いのでそこまで機転が利かなかった。

※【参考】南米ベネズエラと言えばハイパーインフレ

10年くらい前になるか、黒川温泉とか平山温泉を目当てで出掛けた事がある。その時は九州横断バスに乗車したけど、確か阿蘇山で30分くらい途中下車タイムがあってここに降りたんじゃないか。でも、しっかり歩けたのは今回が初めてだった。あの時は2~3月だったかちょうど野焼きの時期で、鷹揚なバス運転手さんが「珍しいものだからちょっと休憩」って言い、特別サービスで停まってくれた。熊本キャラだったのか、それともそんなゆったりした時代だった為なのか。

(3)法華院山荘の後日談

実は、法華院山荘の夕食でお会いした年配の女性と、その2ケ月後に上高地・徳澤園の朝食の席でバッタリ再会した。と言っても、私は「見た顔だなぁ~」と思ったものの、どこでお会いした人なのかサッパリ思い出せなかった。話しているうちに相手方から「あんたあそこで会ったよね!」と言われて、恥ずかしくなったくらい。

大分県在住のその方が「Amebaブログやっているから良ければ見てネ」と教えてくれた。私はそういう世界に縁がなかったけど、私がAmebaデビューしてからずっと「いいね」をくれたのはその方だった。今では私もHPを立ち上げる事ができたし、思い返してみるとそうした旅の出会いに感謝である。

※【参考】上高地・徳澤園はこんなに美味しい山小屋

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